山形交響楽団 第268回定期演奏会
2018年 4月7日(土)/8日(日)山形テルサホール

指揮:オッコ・カム

<プログラム>
シベリウス/交響詩「フィンランディア」
シベリウス/交響曲第7番 ハ長調 作品105
シベリウス/交響曲第2番 ニ長調 作品43

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今回の定期は、創立者=村川千秋氏の時代から、永年「山響のサウンド」として育んで来たシベリウスの作品を集めた演奏会です。世界的権威の巨匠=オッコ・カム氏の指揮でどのような音楽が聴けるのか、非常に楽しみでした。そういえば、村川千秋さんの、音楽の喜びに満ちたあの『カレリア』を聴いたのは第200回定期のときでしたから、だいぶ時間が経ちましたね…。

オッコ・カム氏の指揮は、自分の音楽に溺れたりしません。理性的であり、必要以上に煽ったり緩めたりはありません。しかし細部まで目と耳と手が行き届き、的確な指示を…そう、まるで大きな船の船長さん(ヤンネくんはキャプテンっておっしゃってましたね)のような。「乗組員」は安心して「航海」に乗り出せるような指揮だったのではないでしょうか。
特に交響曲2番の第3楽章の後半、長い長いクレッシェンドのあとの第4楽章への瞬間は「感動しろ」と言わんばかりのAllargandoではなく、舞台からふわぁ〜っと光があふれてきて包まれるような、本当に幸せな瞬間で。そこからもうボロボロ泣きっぱなしでした。交響詩「フィンランディア」も、濃すぎない味付けのナチュラルな音楽がかえって聴き手のイメージを掻き立ててくるような音楽でした。

ジャンの音楽は、やはり弦楽器出身の作曲家らしくとても洗練されていて、弦楽器群の美しさを堪能できました。が、やはり管楽器のオーケストレーションにかなりクセがあり、かなり意識してオケを「交通整理」しないと作曲者が意図したであろう要素が浮きだして来ません。7番もそういう箇所がたくさんあり、オッコ・カム氏が「まだまだ勉強しなければ」とおっしゃるのも頷けます(生意気ですみません)。様々な要素が複雑に絡み合ったなかに現れる、うっとりするTrombone soloも、弦楽器群やHorn他の強奏の中で美しく聴かせるのにバランスを取るのがとても難しそうです。
それにしても…ジャン・シベリウスは19世紀後半〜の作曲家だよね…?2番のラスト、あんなに Tubaと Contrabassがカッコいいことしてるのに Timpaniが全てかき消してしまうのはなぜ?ジャンの時代はTimpaniはもっと響かなかったの?でもBassをTimpaniだけに受け持たせている場面もあるから楽器のせいで響かないってことはなかったよね?
低音に3度を集めるのは、開離の和音とBassが結果的に3度になっているからであって、それが金管の強烈な印象につながる場面もある…けど、やっぱりこの音域の3度が好きなんだよね?ジャン。私 Fagott吹きだったから、この重さがものすごく気になるの。でも上野さんも鷲尾さんも素晴らしかった!!このくらいの迫力とスタミナが無くちゃ、ですね!!
あと、2番の4楽章ラストでA管Clarinetの音が無くなる瞬間を聴く(見る)のを忘れました( 注:Clarinetのお二方をdisっているわけではありません)。この素晴らしい音楽の最後にちょこっと現れるオチャメな部分を聴きたかったんだけどな〜

楽譜は、それだけではただの記号です。それにもとづいて音を出すだけでなく、演奏者が共感する何かを見出してこそ初めて音楽として流れ出すのです。オッコ・カム氏の指揮によってオケの魂が宿る瞬間を確かに聴いたと思います。演奏会に行けて本当に良かったです。

実は山形交響楽団の定期演奏会を聴くのは1年2ヶ月ぶり。自分の演奏会のリハーサルや本番、締め切りや家の用事などの諸事情でこうなってしまったのですが、やっと、やっとやっと聴けました。久しぶりに聴く山形交響楽団は、何人かの楽団員さんがお辞めになったり、新顔の楽団員さんやエキストラの方々が入られたりして耳馴染みのない音がいくつか。響きとしても刷新された印象がありました。
 
Yさん、お世話になりました。ロビーでは久しぶりに友だちや演奏家の皆さんにも会えたし。ありがとうございました。とても楽しかったです!!