ブイヨンからのおれい in 仙台に行ってきました。
 
「ほぼ日刊イトイ新聞」で毎日のように写真を見せていただいてなごんでいた、糸井重里さんちの愛犬・ブイヨンちゃん。今年3月に亡くなってしまい、とても寂しい思いをしていました。ブイヨンちゃんの写真展が各地で開かれ、今日は糸井さんがサイン会にいらっしゃると知り、ぜひともお礼をお伝えしたくて仙台に参りました。

IMG_2011明るい日差しが照りつけ、人通りも割と多め。

重そうなスーツケースを転がすひと、
なにか嬉しそうに爆走する子ども、
お経をあげるお坊さん、
交通量をカウントするひと、

なかなかカオスな仙台です。


IMG_2013整理券を無事ゲットでき、写真展へ。
Webでは見たことのなかった写真も。
幸せなブイヨンちゃんとの時間がくっきりと。
あたたかな気持ちが伝わってきます。

我が家は諸事情により動物を飼えないので
ブイちゃんを毎日眺めては愛でていました。
動物のいる楽しさを
我が家の子たちにも味わわせたかったな…
我が家のカレンダーは毎年IMG_2014
ブイヨンちゃんの写真なのですよ。

ところで、今日わざわざ仙台に行ったのは
二つお伝えしたいことがあったのです。
ブイヨンちゃんに、ありがとうを。
もうひとつは…糸井さんが
被災地を心にかけてくださることのお礼を。

特に出身地・相馬には私は複雑な感情を持っていて、世界中の作曲家が被災地・相馬に心を寄せてくださって、曲を書いたり活動を展開しているというのに、今でも私自身の音としてはほとんど書けません。
ただ、しょっちゅう「ほぼ日」での震災関連の記事を読んでいると次第に気持ちが暖かくなるのです。糸井さんご本人は「遊んでるだけだよ」とおっしゃいますが…私にとって消したい記憶がこびりつく街に、こんなふうに、しかも長期間に渡って心をかけてくださるのがじんわり嬉しくて。(今年の3月の記事は本当に楽しそうでしたね)

やっぱり生まれ育った土地ですからね。でも逃げたくても逃げられない「記憶」もありますよそりゃ。高校は理系の勉強をしていたこと。母親になってから作曲の勉強を始めたこと。すべて根っこは繋がってる。

でもそんなのを抜きにして、この糸井さんの距離感というかなんというか。震災後「気の毒」とか「かわいそう」でなく、外側からごく客観的に、時に冷静に、時に楽しく接してくださることで「あ、ふつうのまちなんだな」みたいに思えたのが大きかったかも。しれません。

少しずつそう思えてきたところで、小さい頃の音の記憶を綴ったSonata『瑠璃』for Piccolo & Pianoを書くことができ、渡辺さんと加納さんに演奏していただいたのでした。そこから先のことは…まだまだ書けていないのですが、少しずつ少しずつ進めそうに思っています。

FullSizeRender…と、言いたかったんですが汗 

半分も言えなかったな〜

糸井さん
ありがとうございました。